私がインターネットに匿名性は不要なのではないかと考えた理由について。
ひとつは、「無秩序」からの問題意識です。
あらしなどと呼ばれているインターネットに巣食う人種の行為を観察するに、自分を保留(インターネットでの匿名の関係は、それが本当に嫌になったら自分のほうからさっさと関係を断てるという意味で)にした上で、自分の感情の赴くままに好き放題やっており、人間の醜い部分が助長されていると感じます。(かなりずるいスイッチのON/OFF動作だと思います。)
一言でいえば、「実関係との分断を前提にした行為と関係」が、匿名性を利用して、横行しているのは問題ではないかということです。
2012年9月13日木曜日
2012年9月12日水曜日
2012年9月11日火曜日
素人の社会活動 ネットと変革組織
| 図解 http://www.rui.jp/docs/link/okada010726.html ☆実関係上の繋がり・広がり欠乏が、マスコミ主導でいきなり社会変革に向かい、とりあえず有名人に収束したとしても、3~5年後には失望からの中身(本物)期待が昂まり、いずれ本物の変革組織へ収束してゆくし、ネット上でも同様に中身(本物)期待と本物への評価収束によって、本物の変革サイトへ収束してゆくので、実関係とネットに矛盾はない。 ☆むしろ、実関係とは位相を異にするマスコミや有名人にしか実現資格がない(=大衆が、実現可能性を感じない)という、マスコミ社会or有名人社会(注:これは、大衆社会の必然である)の構造を、どう突破するかこそ、問題である。(この視点が欠落している。) |
2012年9月10日月曜日
創造の原理は、ネット上でも貫徹される
工芸品を作ってきたのも、真に偉大な思想(統合観念)を創ったのも、素人ですが、それは部族単位の集団を超えた私権社会での史実です。もちろん、それ以前の本源集団の時代には、素人が全てを創造してきた訳ですが、私が提示したのは〈小集団の原理〉などではなく)、素人の潜在思念(本能・共認回路)の中にこそ創造の源泉があるという、歴史貫通的な創造の原理です。
当然、素人の潜在思念が顕在化され、共認され、更に制度化(システム化)されるには、長い時間が必要です。現代は、ネット上でようやく素人の発信が始まった段階ですが、このインターネットという(超)システム上においても、上記の『創造の原理』は貫徹され、様々な共認を(制度の共認も)形成してゆくことになるでしょう。
この様な、素人の創造の新たな黎明期に(それをどの様にして顕現させるかを議論している時に)、いきなり最終的な制度・システムの欠如を持ち出すのは、単にマト外れであるだけでなく、私権制度やそのプロたちの存在を正当化することになりかねないのではないでしょうか?
当然、素人の潜在思念が顕在化され、共認され、更に制度化(システム化)されるには、長い時間が必要です。現代は、ネット上でようやく素人の発信が始まった段階ですが、このインターネットという(超)システム上においても、上記の『創造の原理』は貫徹され、様々な共認を(制度の共認も)形成してゆくことになるでしょう。
この様な、素人の創造の新たな黎明期に(それをどの様にして顕現させるかを議論している時に)、いきなり最終的な制度・システムの欠如を持ち出すのは、単にマト外れであるだけでなく、私権制度やそのプロたちの存在を正当化することになりかねないのではないでしょうか?
| 岡田淳三郎 |
2012年9月9日日曜日
対面の方が分かる・・・はず?(社会変革)
ネットという場の向上を図るべく、日々黙々と(和気藹々と?)投稿するor課題に取り組む姿を、頼もしく思う。
みんなが必要性(重要性)を感じるネット上の現実的課題の成果に対する評価だから、対面以上に普遍的な肯定視ができる。
現実よりも、シビアに評価されるような気がする。
この会議室では、可能性を探ることだけに誰もが意識を集中する。
そこでは、余計な観念や見え透いた下心に対する不快感に敏感になる。
現実よりも、誤魔化しが利かないような気がする。
西知子
みんなが必要性(重要性)を感じるネット上の現実的課題の成果に対する評価だから、対面以上に普遍的な肯定視ができる。
現実よりも、シビアに評価されるような気がする。
この会議室では、可能性を探ることだけに誰もが意識を集中する。
そこでは、余計な観念や見え透いた下心に対する不快感に敏感になる。
現実よりも、誤魔化しが利かないような気がする。
西知子
2012年9月8日土曜日
素人の社会活動19 素人と創造
4.本当の創造は、素人が担ってきた(言葉を作ったのも、火を使ったのも、弓矢や舟を作ったのも、栽培や飼育を始めたのも、銅や鉄を精錬したのも、また壁画を描いたり、工芸品を作ってきたのも素人である)。真に偉大な思想(統合観念)を創ったのも素人であって、専門の神官や学者が、真に新しい価値を作り出した例は極めて少ない。実現論も又、素人が創ったものである。
※確かに、全くの新しい思念を明確な言葉として創出できた素人は、ごくごく稀にしかいない。しかし、彼は一貫して素人の立場に立っている(からこそ、創出できたのであり、決して自分を天才などとは思っていない。注:偉い身分である学者に成った時点で、彼は素人ではなくなり、真の創造者の資格を失って終う)。
※確かに、全くの新しい思念を明確な言葉として創出できた素人は、ごくごく稀にしかいない。しかし、彼は一貫して素人の立場に立っている(からこそ、創出できたのであり、決して自分を天才などとは思っていない。注:偉い身分である学者に成った時点で、彼は素人ではなくなり、真の創造者の資格を失って終う)。
2012年9月7日金曜日
素人の社会活動17 素人は、全て生み出すことが出来る2
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